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名古屋高等裁判所 昭和54年(ラ)109号 決定

抗告人

折戸百々子

右代理人

小栗孝夫

外三名

相手方

名妓連組合

右代表者

西岡喜久子

右代理人

水野祐一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

当裁判所は本件抗告を理由がないものと考える。

その理由は、左記に付加補充するほか、原決定の理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  抗告人は、本件株式売買価格の決定について、時価評価を基礎とした純資産価格によるべき旨主張する。

ところで、本件申立は、営業の継続を前提として、その売買価格を決定するものであるから、破産や清算の場合の売却価格(清算価格)によるべきでないこと明らかである。また抗告人主張の時価による財産評価のみによることは、協同組合、合名、合資会社等いわゆる人的会社についての持分払戻(組合、会社の一部清算という性質をもつ)についての評価方法としてはともかく、本件のような物的会社たる株式会社について、しかもその営業の存続を前提とした場合については、その客観的交換価値より遊離し、著しく高価なものとなり、相当でない。

(二) 商法第二〇四条の二に規定する株式買取請求は、営業の継続を前提とした投下資本の回収方法であり、その価格は、会社の現有純資産、営業成績及び流通価格等に由来する。この観点から、株価算定の基礎として、一株当りの純資産価格、営業成績(会社の安定性、将来性、収益力、配当率等)、流通価格(類似業種の市場価格、取引先例価格等)を総合した併用方式によつて算定するのが相当と考えられる。そして、このような基礎を前提とした算定方法の一として、相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日国税庁長官通達)による算定方式があり、同通達によれば、本件株式は非同族株主所有にかかる小会社に関する株式に該当するから配当還元方式によることとなり、かつ、本件会社は無配当の場合であるから、これによる価格は、一株当り金二五〇円となる。勿論、右配当還元方式(無配当の場合でも適用されることは右通達上明らかである)は、相続税法上の評価方法であるから、これのみによる評価は相当でないが、株価算定の一方法として無視しえない。

(三)  鑑定人伊藤寛の鑑定並に同人の審問の結果によると、本件株式の一株当りの純資産価額は、金六四〇九円であること、本件株式は非上場で市場性に欠けるが、類似業種の上場会社の市場価格・比率によれば、一株当り金七三七円となること、さらに、上場会社の市場性をもつ株式と市場性に欠ける株式では修正を施す必要があり、株式の譲渡制限がされている非上場株式の場合、評価の五割控除を行うのが取扱慣行とされていることが認められる。本件株式に譲渡制限の特約があること、これまで相手方組合員たる芸妓が廃業して脱退するさいは、例外なく相手方組合において、一株につき額面額五〇〇円で買取つてきたことは原決定認定のとおりであり、右買取価額が公開市場を前提とした取引価格とはいえないにしても、従来からの慣行であり、取引先例価格として全く無視することはできない。さらに前示のような配当還元方式による本件株式価格もこれを無視できないので、算定の一基礎とするのが相当である。

(四)  原決定は、以上のような算定基礎とされるものを併用し、この平均値を本件株式の売買価格としたものであるが、本件会社の特殊性からして、株価算定に右併用方式を採用したことは相当であり、これによる売買価額を肯認すべきものと考える。

一件記録を調べてみても、そのほかに、原決定を変更するに足りる違法の点はみあたらない。

したがつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(柏木賢吉 加藤義則 福田晧一)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

抗告人名義の名古屋芸妓株式会社株式九三株につき、その売買価格を一株当り六四〇九円、計金五九萬六〇三七円と定める。

手続費用は全部相手方の負担とする。

抗告の理由

一 (原決定の理由)

原決定は抗告人の主張する純資産(時価)による評価方法は、客観的な交換価値より著しく高価となるので、これのみの方法によることは妥当でないとした上、鑑定人伊藤寛による株式の評価に関する鑑定をそのまま採用し、一株の価格を八四五円としたものである。

二 (原決定の不当性)

(一) 抗告人は本件について純資産価格法を採用すべきであると考えているが、その理由は原審での昭和五四年一月二九日付準備書面(二)(第一項、純資産価格法の妥当性)で詳細に述べたところである。自由譲渡性を奪われた社団の持分の買収請求については時価評価を基準とした純資産価格法によるべきであり(渋谷光子、ジユリスト六七五号一三六頁参照)、最高裁(一小)昭和四四年一二月一一日判決民集二三巻一二号二四四七号はこの点で先例としての価値を有する。本件会社の実態(前記準備書面の第二項参照)からみても、本件会社は社団の性格としては協同組合に近似したものであり、社屋たる土地建物の所有を可能にするため株式会社形態をとつているがその資金はすべて株主たる芸妓の平等な出資に由来すること、株式会社解散の可能性が高いことなど純資産価格法を妥当する根拠は多いが、他の方式を採用すべき合理性はほとんど見出すことができない。

(二) 原決定は伊藤寛鑑定を全く無批判に採用している。抗告人は、残念ながら鑑定費用を出捐できないために、再鑑定を申請しなかつたが、伊藤寛鑑定が従前の裁判例からみても全く不当であること相当詳細に根拠を示して明らかにしたつもりである(前記準備書面、第三項伊藤寛鑑定の批判参照)。しかし、原決定はこれを一顧もせず、伊藤寛鑑定を採用したことは裁判所の責務を放棄したものと考えざるを得ない。

伊藤寛鑑定は株価算定の方式として合理的根拠なく諸方式をすべて併用し、その併用を独自な手法で行ない、かつ、譲渡制限による五〇%控除まで行なつて、その結果、諸方式のウエイトを類似業種比準価格一、純資産価格一、配当還元価格四、取引先例価格四、としたものである。

本件会社は、営利を目的とせず、収益をあげ株主に配当することを予定していないので、配当還元方式、収益還元方式を採用する余地はない。また、取引先例価格といつても正常な取引によるものではなく、廃業する芸妓に額面買収を強制してきたにすぎない(この点を批判し、改革しようとするのが、本件抗告人側の意図である)。類似会社あるいは業種、比準価格方式も適切な比較の対象を選ぶことが困難であるとともに配当収益を予定していない本件会社では不当に低く評価することになる欠点がある。

伊藤寛鑑定は本来もつとも重視すべき純資産価格方式のウエイトを低めるためにこのようなあらゆる手法を採用したもので、とうてい公正妥当なものと認めることはできない。

(三) このように、抗告人は、純資産価格方式こそ本件適切妥当な評価方式であると考えている。一歩譲つて、純資産価格方式を基本に他の方式を併用することが許されるとしても、その方式を本件に採用することの合理的な根拠と、そのウエイトが適切であることが示されなければとうてい納得できるものではない。

三 したがつて、原決定は不当であるから、その取消と適正な価格の決定を求める。

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